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『都会の人と地域の森を繋ぐ』から始まる持続可能な森林経営

一般社団法人 森と未来 小野なぎさ 代表理事

 日本の国土の7割を占める森林だが、十分な管理がなされず放置されている森林も少なくない。また、燃料用資源の需要増や木造中高層建築などでここ数年の木材需要は微増傾向にあるが、林業経営体や林業従事者は減少が続いており、これまでの林業を中心とした森林利用からの変化が求められている。そうした中、一般社団法人森と未来では、森と人を繋げる活動を通して、自然と人が共生する持続可能な未来づくりの取り組みを進めている。森と人が互いに成長できる繋がりの創出について、代表理事の小野なぎさ氏に話を聞いた。

小野なぎさ 代表理事
※写真提供:(一社)森と未来

活動の原点は「森に人を連れていきたい」

 森に関心を持ったきっかけについて小野氏は、「具体的に森に関わりたいと認識したのは大学に入る時ですが、潜在的な意識としては幼少期から森への憧れのようなものを抱いていました」と語る。幼少期は海に関わる仕事をしていた父の影響で、週末は山にキャンプに行くことが多かったという。自然の中では新たな発見があり、都会を離れ、山や森という環境に身を置くことで、心身が緊張から解放され癒しを得る。この時の体験が、現在の取り組みにつながっている。

 東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科にて、森林と地域の関係について学ぶ中で、幼少期から抱いていた「なぜ森にいるとこんなに心地よいのか」という気持ちを思い出し、「森と健康」をテーマとした論文に着手した。この研究の中で実施した“癒し”に関する研究がきっかけとなり、大学卒業後は企業のメンタルヘルス対策に関わる仕事に就く。「メンタルヘルスの仕事を通して感じたことは、現代人は疲れている人が多いということ。特に都会ではその傾向が顕著に表れていたので、都会の人を森に連れて行って“癒し”を感じてもらいたいと考えるようになりました」と当時を振り返る。

 心理学を学び、認定産業心理カウンセラーの資格を取得。心理学の観点から社員の心の健康をサポートする取り組みや 、心療内科にてカウンセラーとして勤務するなど活動の幅を広げていく中で、メンタルヘルス支援に関わる仲間と、健康リゾートホテル事業に携わることとなる。山梨市の保有している施設を借り、自然のリズムで身体のバランスを整えることをコンセプトとしたホテルの立ち上げに参加する。「このプロジェクトを通してホテルの経営だけでなく、地域との関係や地方での人の雇用、行政や民間企業との連携など様々なことを学びました」(小野氏)と話す。この経験を通して、森という空間を活用して人の健康増進と地域の振興に貢献したいという意識がさらに高まり、2015年に『一般社団法人森と未来』を設立した。

ミッションは『都会の人と地域の森を繋ぐ』

 「”森と未来”という名前は、『森and未来』ではなく『森with未来』という意味でつけました。日本にはたくさんの森があり、活性化が必要な地域もたくさんあります。一方で、都会の人は疲れていて、自然を求めている。だから、都会の人と地域の森を繋ぎ、心身の健康増進と地域振興をともに進めていく。人と森がともに豊かである未来に貢献したいと考えています」と法人設立の目的を語る。

  現在の森林の状況については、「ライフスタイルの変化とともに森からは人もお金も無くなりつつあります。森の管理や維持には手間もお金もかかるので、従来の林業一辺倒の森林経営では森林の管理は難しくなっています。森という空間をもっと多面的に活用してお金が落ちる仕組みを作っていかなければ、将来的には健全な森が失われてしまいます」と警鐘を鳴らす。そこで、『森と未来』では山村地域の人々と森林空間を活用した新たなサービスの創出を目指し、都会と地域の双方に向けたコンテンツを提供している。

 都会向けには、森の中で研修を行う『TIME FOREST Program』や森林浴を活用した環境経営、SDGs活動の支援、さらには森の価値を知ってもらうための講演会や執筆活動などを行っている。森林浴には、自己免疫力を高める効果やマイナス感情を低下させ思考をポジティブにする効果、ストレスホルモンを減少させる効果などが医学的にも認められている。「特に、ビジネスマンは日常のストレスで疲弊しているケースが多く、日常から離れた森林空間での研修により、緊張から解放され、集中力の向上やリラックス効果によるメンタルヘルスの改善、その他に新しい視点やアイデアの形成、感性や自己肯定感の向上、仲間とのコミュニケーション促進などが期待できます。参加者からも好評で、リピーターや新規の依頼も増えています」と事業の手応えを語っている。

 地域向けコンテンツでは、森林資源を活用した体験型サービスなど新たな地域産業の創出を支援する『森林サービス産業支援』のほか、森林活用のための様々な情報を提供する講演会・イベントなども開催している。森林サービス産業とは、林野庁が2019年から提唱した取り組みで、健康・観光・教育など様々な視点から森林という空間を活用した体験サービス等を提供することで、人々の健康で心豊かな生活や企業で働く人の活力向上等に貢献し、山村地域に新たな雇用と所得機会を生み出すというもの。すでに検討を始めている地方自治体もある。

 森林サービス産業の創出に向けた課題について小野氏は、「大事なことは地域振興につながる持続可能な取り組みとすること。そして、参加者からお金を頂けるだけの価値あるサービスを提供するということです」と指摘している。行政の補助に頼った仕組みでは、持続可能な取り組みとは言えない。また、ただ森を開放するだけでは都会の人に“価値”を感じてもらえない。森という空間にどのような価値を見出し、都会の人に何を提供できるか。そうした潜在的な需要を形にしていく支援によって都会の人と森を繋ぎ、100年先も残る豊かな森を守っていく。それが『森と未来』のミッションの一つとなっている。

 もう一つ取り組みが人材育成だ。「全国にはまだまだ森林に関するたくさんのニーズやシーズが埋もれていて、私たちももっと仲間を増やしていかなければ対応しきれません。そこで、『Shinrin-yoku Facilitator®︎』(森林浴ファシリテーター)の育成を進めています」とミッションの実現に向けて、森に関する知識とスキルを身に付けた人材育成にも取り組んでいる。森と未来の『Shinrin-yoku Facilitator®︎ 養成講座』では、森林の基礎知識をはじめ、森林浴に適した森の見つけ方、地域との連携、森林浴の効果や手法、森林浴の企画〜実践まで、森林浴を提供するために最低限必要な知識を半年間かけて身につける。

『Shinrin-yoku Facilitator®︎ 養成講座』の様子
※写真提供:(一社)森と未来

 「森林浴ファシリテーターとは、森林浴の取り組みを通じて、森林や地域、関わるすべての人がより良い状態となるよう活動を導く存在です。都会の人、地域の森、地域の経済だけでなく、森に関わる全てのヒト、モノに喜ばれる、三方、四方、五方よしとなる企画とその実行を目標としています」と期待を語っている。

価値観の違いを埋めるのは「森を知る」こと

 都会の人と地域の森を繋ぐ。その取り組みを進めるうえで注意すべき点がいくつかある。その一つが都会と地域の価値観の違いだ。「都会の人にとって非日常の空間である森は、山村地域の人にとっては日常の空間。無遠慮に足を踏み入れるのではなく、森という空間と森に関わる人たちへのリスペクトを感じてほしい。逆に、山村地域の人は都会の人が何を求めて森に来るのか、ということを理解して森の管理・整備を行う必要があります。お互いがお互いを尊重することで、良好な関係が構築でき、新たな産業につながっていくと感じています」

 都会と地域の良好な関係の構築。その近道は「森を知ること」と小野氏は言う。 「偏見かもしれませんが、天然林はいいもので人工林は良くないものという概念が世間に存在しているように感じています。しかし、一時期荒廃してしまった日本の森は、戦後の林業振興のために造られた人工林のおかげで今の緑豊かな山林に回復したというのも事実です。『森と未来』では森林浴に加えて、講演や執筆活動を通して、正しく“森を知る”機会を増やし、都会の人と山村地域の人の相互理解の促進にも取り組んでいます。森を知り触れ合うことで、都会の人は森に愛着を感じ森と森に関わる人たちにリスペクトを抱く。そうすると山村地域の人たちももっと森を感じ、美しさを知ってほしいという気持ちになる。そうした好循環が森のさらなる価値向上につながっていきます」。森を知ることが森の価値を高め、新たなサービスを生み出していく。そうした好循環が持続可能な森林経営につながっていく。

 そのほかにも、今後計画している活動が多くある。「いくつか考えていることはありますが、現在実施しているインバウンドツアーなどの海外向け事業を拡大していきたいと考えています。森林浴発祥の国である日本の取り組みは、海外からも注目されています。ヨガをやっている人が発祥国のインドでヨガを学ぶ経験に憧れを抱くように、日本で森林浴を学びたいという海外の方からの問い合わせが増えています。『Shinrin-yoku』は世界で通じる言葉になっています。発祥の国として高い意識をもって取り組みたいですね」とインバウンド事業にも意欲を見せている。

インバウンドツアーの様子
※写真提供:(一社)森と未来

 もう一つは、森の価値を示す多様な評価指標の構築だ。森の価値を広げていくには、官民問わず様々な主体の参画も有効だが、森の成長は数十年単位のゆったりとしたもので、取り組みの効果を図るには長期的な評価が必要となる。しかし、行政でも民間企業でも、事業の継続には一定期間での目に見える成果が不可欠だ。「現在は、温室効果ガスの吸収効果や植林の本数、間伐の実施などが評価指標となっていますが、森林の価値を示せるもっと多様な評価指標があれば、投資効果が“見える化”され、自治体も企業も長期的な取り組みが可能になるのではないかと考えています。例えば、森に人が訪れるための道の距離や空間の評価、また林業だけでなく森林サービスに関わる関係人口の数、森林浴による健康の変化など、様々な観点から森の価値を示していきたいですね」と期待を語る。

 地方には人もお金も少ない。都会には人もお金も多くある。一方で、都会には癒しが少ないが、地方には様々な癒しを与えてくれる自然が豊富にある。だから、都会と地方を繋ぐことで、win-winの関係を作ることができる。何百年も前からあって、何百年先にもあるはずの自然。そんな当たり前に存在するものが失われないように。今を生きる人たちが見失ってしまった森の価値に再び気づくことができるように。『森と未来』は今日も都会の人と地域の森をつないでいる。

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