“常総らしさ”あふれる持続可能なまちづくり
茨城県 常総市
全国各地で地方創生に向けた様々な取り組みが進む中、茨城県常総市では都市化ではなく地域の“らしさ”を生かした特徴的なまちづくりを進めている。農業や豊かな自然といった“常総らしさ”を生かしながら、AIなど最新のテクノロジーも導入した持続可能なまちづくりの取り組みを、常総市の神達岳志市長に聞いた。
『水害のまち』から『しあわせのまち』へ
多くの自治体で課題とされている人口減少。常総市も例外ではない。この人口減少対策について神達市長は「人口減少を食い止めるには、その地域の魅力を生かした持続可能なまちづくりが必要で、行政だけでなく市民の皆さんの積極的な参画が不可欠です。そのためにはシビックプライドを醸成し、市民の皆さんに浸透させていくことが重要だと考えています」と話す。
『シビックプライド』とは地域への誇りや愛着、共感を表す言葉で、全国に広がりつつある考え方だ。『郷土愛』との違いは市民が地域の活性化に関わろうという意識であり、まさに協働の根底となる。
「シビックプライドを浸透させていくためには、地域の魅力を表現して市内外に発信していくことも重要です。常総市では、『なんか、いいかも JOSO CITY』をコンセプトにシティプロモーションを行っています。市民には常総の魅力を理解してもらい、その魅力をより広げていくためには何が必要か考えるきっかけになる。市外に対しては一人でも多くの方に常総市を知ってもらい、興味を持ってもらい、訪れてもらい、好きになってもらう。それが地域を活性化させ、人口減少対策にもつながっていくと考えています」
常総市では、こうした理念を具体化するためのまちづくり計画として『じょうそう未来創生プラン』を策定している。そのコンセプトは『みんなでつくる しあわせのまち じょうそう』。このコンセプトにも地元出身の市長の熱い想いが込められている。
「2015年9月の関東・東北豪雨では市内を流れる鬼怒川が決壊し、常総市は大きな被害を受けました。さらに、“水害のまち”というイメージが市民の心の傷となって残っています。すでに新たな堤防も完成して災害からの復興は果たしたので、“水害のまち”ではなく災害に強く、豊かな自然や農業といった特徴を生かした魅力あふれる『しあわせのまち』として全国に認知してもらえるようなまちづくりを進めていきます」
農業の6次産業化へ動き始めた『アグリサイエンスバレー』
『しあわせのまち』の実現に向けて、様々なプロジェクトが動き出している。その一つが『アグリサイエンスバレー構想』だ。
「アグリサイエンスバレー構想は、常総市の基幹産業である農業を活性化するため食と農の融合による産業団地『アグリサイエンスバレー常総』を形成するという取り組みです。具体的には、農産物の生産や加工、流通・販売を行う企業を集積し、農業(1次産業)と加工業(2次産業)、流通・販売業(3次産業)の相乗効果による6次産業化で、従来の農業生産だけでなく常総ならではの産業を確立していきます」と構想の意義を語る。
そのアグリサイエンスバレーの拠点となるのが、圏央道の常総インターチェンジに隣接して整備した『道の駅常総』だ。「東京から50km圏内という常総市の立地を生かすということは、何代も前の市長からの宿願でしたが、圏央道と常総ICの開通によってアクセス性が飛躍的に向上しました。これを機に常総市のプロモーションの中核及び交流拠点施設として『道の駅常総』を整備しました」
道の駅では、常総市の新鮮な米や野菜を産地直送で販売しているほか、6次産業化の成果でもあるスイーツや調味料、お酒など付加価値のある様々な加工品も話題となっている。オープンからの状況について神達市長は「2023年4月28日のグランドオープンから徐々に取り扱う商品も増え、現在では1500アイテムとなっています。また、そのうち80アイテムが道の駅常総でなければ買うことのできないオリジナル商品で、常総ブランドも充実してきています」と自信をうかがわせる。さらに、それらの常総ブランドをふるさと納税の返礼品としても活用していく計画で、道の駅の一部店舗では飲食代金をふるさと納税として支払うことが出来る現地決済型のふるさと納税システム『ぺいふる』なども導入している。
道の駅常総は、当初目標としていた年間来場者数100万人を大きく上回る反響を見せており、グランドオープンからの3か月余りで来場者数は70万人を超えた。「道の駅に来てくれた観光客の方々が、市内の様々なスポットを検索して訪問してくれるといった波及効果も生まれ、市内の商店街や飲食店にも好影響が出ています。それもあって、道の駅に出品したいという市内の生産者が増えています」と市長も驚きを見せる。
道の駅周辺では集客の相乗効果を図るため、民間集客施設として日本一子供が楽しめる本屋をコンセプトに「TSUTAYA BOOKSTORE 常総インターチェンジ」が併設しており、2024年度には温浴施設の開設も予定している。また、エリア内にはリフト式で上下に動く栽培棚でいちご狩りができる“空中いちご園”として話題の『グランベリー大地』がすでに営業を開始しているほか、2025年度には都市公園の整備も予定されており、話題が絶えない。さらに、2024年春にはETC2.0搭載車が常総ICから一時退出してSAのように道の駅常総を利用できるシステムの運用も予定しており、コンテンツ拡大と利便性の向上でさらなる来場者の増加が見込まれている。
「これまで常総市に来たことがなかった人たちにも関心を持ってもらい、常総市を訪問してもらうためのシンボルとして道の駅をさらに充実させていきます。また、道の駅では全国有数の農業県である茨城県の関連商品も多く取り扱っています。茨城県の玄関口として茨城県のPRにも貢献できればと思っています」
『アウトドアシティ』で観光振興も
アグリサイエンスバレーによる観光の効果を市内全域に広げていくための新たな取り組みとして、常総市では『アウトドアシティ構想』の取り組みを進めている。
「水害で決壊した鬼怒川の堤防も再建し、新たにサイクリングロードを整備してアウトドアのメニューの一つとなっています。また、レンタサイクルを実施しているほか、市内を走る関東鉄道常総線では時間と区間を定めて自転車を持ち込める『サイクルトレイン』を運行しているなど、初心者でも楽しめるサービスを提供しています」
このアウトドア構想でも“常総らしさ”が生かされている。
「首都圏にありながら豊かな自然と田園風景という開放的な環境を生かした農業体験も実施しています。農業では後継者不足も深刻な課題となっているため、体験農業を通して農業に関心を持ってもらい、将来的には就農者の増加につながればと考えています。
また、鬼怒川、小貝川でのSUPなどのアクティビティや、スポーツやキャンプ、自然学習施設などを備えた『水海道あすなろの里』での各種イベントなど、様々なメニューを用意しています。特にキャンプ場については、あすなろの里など既存の施設だけでなく、常総市の政策アドバイザーにご就任いただいたタレントの清水国明さんによる『くにあきの森』など新しい施設もオープンしています。今後、快適に安心して車中泊が出来るRVパークの設置なども検討していきます」
未来創生へ『AIまちづくり』を推進
産業振興や持続可能なまちづくりなど、各種課題の解決策として常総市が打ち出したのが、AIなどの最新テクノロジーを駆使した『AIまちづくり』だ。
「AIやICTといったテクノロジーは、今でこそ目新しいものですが、いずれは当たり前になっていくものでしょう。業務の自動化・効率化だけでなく災害対策や自動運転による交通システムの構築など、様々な分野でAIが活用される時代が迫ってきています。そこで、常総市では『AIまちづくり』というプロジェクトを進めています。様々な企業の持つテクノロジーをまちづくりに取り入れていくことで、地域振興や新たな産業の創出、アグリサイエンスバレーやアウトドアシティのさらなる進化などにつなげていきます。 すでに日本を代表する企業の一つである本田技術研究所(以下、『ホンダ』)と連携し、自動走行が可能な搭乗型マイクロモビリティ『CiKoMa』(サイコマ)の技術実証実験も常総市内で開始しています。また、歩行者に追従・先導して荷物などを運ぶことができるマイクロモビリティロボット『WaPOCHI』(ワポチ)による歩行サポートの技術実証実験も予定しています」
さらに、AIまちづくりに向けた様々な検討を進めるため、『まちづくりコンソーシアム』を設置する。「新たなまちづくりは行政やホンダだけでは実現できません。多くの市民や企業の方々にも参画してもらい、様々な視点から地域活性化を目指すアイデアを募り、取り入れていく必要があります。アグリサイエンスバレー構想においても100人を超える地権者や関係者の協力、さらには市民の皆さんの理解がなければ実現できなかったと思っています。多くの関係者が参画し、何度も意見を交わしながらコンテンツを作り上げてきたおかげで、当初の構想よりも素晴らしい取り組みになりました。まちづくりコンソーシアムでも多くの主体の参画を促し、積極的な意見交換を行う予定です」と期待を語る。
小中高生など子供たちの参画も“常総らしさ”の一つと言える。『アグリサイエンスバレー常総』という名称も、道の駅常総のキャッチフレーズである『食楽農のむすびまち 輝く笑顔をつむぐ駅』も公募によって選ばれた市内の中学生の作品だ。
「AIやICTなどによる情報化社会の時代は、小学校のうちからパソコンやタブレットを使った教育を受けてきた子供たちが活躍する時代でもあります。デジタル教育やプログラミング教育が普通に行われるようになってきていますが、まさに現在の常総市は自動で走るマイクロモビリティやAIを活用した様々なツールの実証を通して、子供たちが目の前で最先端の技術に触れることができる環境にあり、子供たちの将来の可能性を広げる大きなチャンスになると考えています。また、常総市では中学生に議会の仕事を理解してもらうとともに、市政に対するアイデアや提案をもらう機会として『中学生議会』を開催しています。子供たちが市政に関心を持って参画してくれるような取り組みをこれからも行っていきます」
人口減少対策へ各種支援策も
アグリサイエンスバレーの形成によって、2,000人規模の雇用の創出が予想されている。さらに、アウトドアシティの進展などが加わればさらなる規模の拡大も見込まれる。常総市では、これを移住・定住者拡大のチャンスと捉えて様々な支援策を展開している。
「移住者向けの補助金や固定資産税の優遇措置に加え、不動産事業者によるマッチングサービスや空き家バンク制度なども紹介しています。子育て支援では、充実した幼児・保育施設や放課後こども教室など、働きながらでも安心して子育てができる環境整備を進めているほか、2022年4月には水海道第一高等学校附属中学校を開校し、一人ひとりのやる気や関心を重視した人間力を養うための教育システムを展開するなど、次世代型教育の導入も進めています」
アグリサイエンスバレーやアウトドアシティ、AIまちづくりなど独自の取り組みを通して新たな産業を生み出し、そこで働く人や訪れる観光客に常総の魅力を知ってもらい、移住や定住を促す。核となるのはやはりシビックプライドだ。
「常総市の周辺にはつくばエクスプレスの開通でベッドタウンとして大きく発展した守谷市や、研究学園都市のつくば市など特徴的な自治体が多くあります。常総市はそうした地域ともまた違った“常総らしい”まちづくりを目指して、市民との協働で取り組みを進めています。こうした姿勢が関心を生み、全国の150以上の自治体から視察の要請を受けるまでになりました。
こうした成果を上げることができたのも、多くのノウハウを持つ民間企業との連携と、何よりシビックプライドを持った市民の皆さんとの協働によるものだと思っています。まちづくりのシンボルである『道の駅常総』から始まった数々のプロジェクトをさらに発展させ、今後も常総市全体が活性化していけるように、市内外の皆さんとともに魅力あるまちづくりを進めていきます」
“しあわせのまち”の実現に向けた常総市の取り組みは、これからも続いていく。